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Posted by みやchan運営事務局 at

2009年09月23日

季節の分かれ目



教室が早く終わったので久しぶりに天ケ城公園にあがりました。
しばらく城付近を歩いていて西の方を見ましたら、薄く赤くそまっていました。
街の方ではすっかり見えなくなったお日様の姿の今日の最後を見られました。

刷毛(はけ)で顔彩を塗ったような淡い輝きに、しばし佇んで見ています。
明日から、少しずつこの光景が早くなってきます。

秋の深まりを感じさせるように、三日月が今、輝きだしました。
  

Posted by いこいこ at 18:31Comments(4)日常より

2009年09月23日

何を する 為 か


お彼岸。
朝方に小雨がありましたが、昼からはお日様が雲の切れ間から覗く天気になりました。

おはぎを朝から食卓に沢山並べ、母はせわしなく動いていました。父の墓前に上げ久しぶりに手を合わせることができました。

写真は、高岡の深水バス停の上の岩肌の様子。教室までに少し時間あり足を延ばしたところでした。
何度も通りますが、初めて気づいたようにあります。すぐ下を走る国道は連休最後の日、車の行き来がひっきりなしです。


先週、見聞きしました、中村文昭さんのお言葉で、何のために今在るのか?を時折思い出しています。
祖先を想う日に、いのちの繋がり在る意味を。

明日から、夜が長くなります、ゆっくり、味覚と景色を味わいながら、そんなことを考える『間』をもてるようにしたいです。
  

Posted by いこいこ at 15:34Comments(0)繋がり

2009年09月15日

百八つ



日付が変わりましたが、9月14日。
旧暦7月26日。
年末まであと108日。
穏やかな秋晴れの一日でした。

大晦日まで、除夜の鐘を鳴らすように煩悩を1日1つ払いながら、1年の締めくくりを心穏やかに迎えたいと思います。

写真は、頼まれた看板を作るための部材です。
防腐、防虫、防水の為に柿渋、弁柄、桐油を塗りましたが、なかなか要領よくできません。
明日には、板に文字を入れる予定ですが、少々不安です・・・。

「頼まれごとは、試されごと」
昨日、久しぶりに経絡のマッサージをして頂いた、てんてんさんのお店にあった新聞の中で中村文昭さんが掲げられていた言葉です。講演会の案内に標語のように載っていたものでした。

頼まれごとをどれだけ悩んで悩んで、最善を尽くせるか。
どんなことでも誠実に向き合えるか。
出来ないことまで引き受けていないか。
自分を高める機会であり、正直に人の心と向き合うことを試される機会。
そんなことではないかと思います。

弁柄色の手を拭きながら、明日を楽しみにしたいと思うところです。





  

Posted by いこいこ at 00:08Comments(2)生きること

2009年09月13日

待つ









9月に入り早くも2週間がすぎました。

夜の静けさが際立ち、窓からの風がひんやりとしてきました。

写真は、上から9月5日の午前1時ごろの月
    2番目が9月10の夜23時ごろの月
    最後が9月11日の24時近くの月 です。

ときより目につく月に目が向いてシャッターを切るところまではあっても心にまで光が届いていないのか、なかなか月と会話をすることまではいたりませんでした。
しかし、こうして並べてみると、月の輝き、満ち欠けの違いがわかってよかったです。

5日の満月は、疲労困憊、余裕なしの心には、まぶしすぎるくらいでした。


今日、久しぶりに意識して、遅くなったのですが本屋にたちよりました。
「墨」、日野原先生の本、エニアグラムの本、等々立ち読みをしていました。

二玄社の200号記念の「墨」では、行書の書き方を伝統にそくした形での習得から、生活になじむ書の在り方をしめされていました。文字という素材をどんな時もしっかりとした意識で書くこと、それが自らを高めることであり、普遍性を身につける道である。一般受けするところから入っては、根本的な気持は作り上げられない。そんなことを、久しぶりに感じ、墨の香りと条幅の白さに向き合いたくなりました。

日野原先生の本では、”いかに病むか”とのページに目がとまりました。人生で起こりうることを如何に自らを前に押し出す推進力にかえられるか、自らの心の受け止め方次第である、とのような内容。先生の優しさがにじみ出たような文体と配慮された構成、文字の大きさに心地よい空気を味わうようでした。

エニアグラムの本は、思わずてにしました。人間関係きらきらさんで少し伺ったことのあるもので、なんだか、必然的に目についたようでした。 人間のタイプとしての性質、性格は変えられないけど、広い意味での性格はかえられると。経験値によって得られるもので、自らを高めていく可能性は十分にあるとの内容のページをしばし読むところでした。

本屋に数時間いながら、呼吸がゆっくりとなり、思考回路に血液がよく通るなるような感覚になりました。

今週は、アートとは、表現することは、生きるとは、を慌ただしく考える1週間でした。本を手にしながら、少し間を置くような視点を広げるようなひと時になりました。

何かが生まれてくるには、「待つ」こと。
慌ただしく考える中にいながら、なんとかポイントとしてこのことを思うところでいました。

人を待つ、自分を待つ。
人の心に寄り添い、呼吸に寄り添い待つ。
待つ心が持てない、自分の心の落ち着きを待つ。
自分の心が、自然と放出してくるまでの時間を待つ。
待つ心が、気持を高め、いのちをつないで行く。



あと、1週間でお彼岸です。
そのころ、タイミングを合わせて咲く彼岸花。
血のような花のイメージから墓に植えられ、花言葉は「悲しい思い出」というようですが、一方で、なんとも言えないな美しさから、「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」の花言葉もあるそうです。

赤い鮮やかな彩りが咲き誇るころに、どんな空気が、風に運ばれやってくるか、楽しみに待ちたいです。





  

Posted by いこいこ at 02:16Comments(0)生きること

2009年09月01日

移りゆく 



日付はかわりましたが、8月も最後となりました。
激動の時代の幕開けとなった昨日。

これからどうなるか、自らの目線でしっかり見ていきたいです。

この国の行き先を自分の想いが重なるように。



今日は、関東地方を襲う台風の影響のような雲が夕方に顔をだしましたが、夜には、穏やかな虫の音が響いています。



身辺色々と変化をした6月より3ケ月経ちますが、生き方の曖昧さが際立ち、一生懸命さが感じられない月日だったようにあります。言葉ばかりが先行して、やるべきことがなにもかも後回しになってしまって、本来行うべき礼儀も疎かになっていました。

家族にも恩を受けた方にも友人にも、仲間にも。




「葉が色づく月」 葉月から 「夜長月」の長月へ

暦も移り、気持を一新したいです。







  

Posted by いこいこ at 00:05Comments(2)日常より