2018年02月18日

思い知らされる❗




2月16日(木)の午後、私がパプリカを描くS君を描いていると、パプリカを終えたS君が私が描くS君を描き始めた。
画面を飛び出すくらいのエネルギーに満ちた彼の表現が、枠にはまって形だけにとらわれた私を諭すようで、恥ずかしくてなってきた。


この絵の前にパプリカを描くときも、私のものを見ながら描いていて、この鏡写しの自画像も、「また次のワークをするんだー」のような条件反射的な反応で彼が描きだして。
私が、一息つくと終わりかと思って画用紙を横にずらすも、私が更に画材を手にして描くと、「まだあるのかーと」のような反応で、削ったり塗ったりをこちらを見ながら描いて。
彼は、休憩がしたかったのも、私は彼を描きたいので書き続けていたら、彼も、それについてきて。
描きたくて描くなのか。反射的なのか。こちらが誘導することを意識してしまうと、それについてこさせてしまう。彼のこのときの心地よい絵の区切りは、少し前ではなかったか。
など、淀みなく純粋で素直な彼の心に、ごちゃごちゃと考えてしまう私の心が、正に鏡に写し取られたような感じがして、未熟さを感じたところでした。
彼の作品を見ると恥ずかしそうな、眠たいような感じも受ける。

#あわいや
  

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2018年02月17日

ケアする人のケアセミナーin熊本






■共生社会をめざす学び
「ケアする人のケアセミナーin熊本」
2018年2月10日(土)
熊本市男女共同参画センターはあもに
  
主催:一般財団法人墨友生命福祉文化財団
   一般財団法人たんぽぽの家
    
支える人支えられる人という関係を超え、人の痛みに向き合うことのできる表現活動の実践から、支え合いの文化づくりに向けて学ぶ内容。
10時~16時まで、みっちりと、熊本県内に限らず、九州圏内、関西、北陸からも参加で熱い一日だった。
    
午前中は、全員一緒で3つのプログラムを見て聞いて、胸躍らせた。



  
午前の最初は、全国的世界的に有名な、89歳のアマチュアカメラマン、
熊本市在住の西本喜美子さんのお話しと自撮り作品の紹介。
72歳でカメラに触り、74歳でパソコン操作を覚えられ、とにかく思いついたら、自撮りをされて、パソコンで加工してネットに投稿。
思いつくアイデアが、なかなか思いつかないもので、素直に笑うものばかり。物干し竿に釣られたもの、宙を浮いて仏壇に手をあわせるもの、泥棒の格好のもの。西本さんは、おもしろいことを求めているだけなんですわー、と。カメラに向かい、パソコンで目指す画面にするために加工操作をしているときは、夢中で疲れなんか感じないと。
笑顔が実に魅力的で、お顔を拝見しているだけでも、こちらも頬が緩む感じだった。
  
午前の2つ目は、基調講演。
哲学者・教育学者で熊本大学教育学部准教授の 苫野一徳(とまのいっとく)さんのお話し。
自身が18歳の頃に躁鬱にかかり、哲学により解消されたという、哲学の事象の捉え方は、実に新鮮で頷くことばかりで、分かりやすく入って来た。
演題の「なぜ、人は助けるのか」に辿りつくまでに、哲学の視点から、人が陥りやすい思想の危険性と、共感に結びつく思考への内容が広がり、最終的に「人が人を助ける」条件がどういう場合か、との問いから、それが成り立つ関係性のあり方を解かれた。
共感によって相手の立場、状況を理解しようとすることができ、助けることが、できると。 
 
午前の最後のプログラムは、むたゆうじさんの「老に寄り添うコンサート」。
熊本県内で活躍するシガーソングライターでグループホーム喫茶去代表。
13歳から作詞作曲を始め、20歳の時に障がいある青年と出会い出前コンサートを開始された。
この日は、むたさんの楽曲を中心に歌われた。歌われたオリジナル曲の中で、ご自身の親の介護に向き合う中から生まれた曲は、胸が熱くなった。
曲を歌う前にむたさん「私は、長くご高齢の方々のお世話をしてきました、でも、自分の親が認知症になってしまってその介護にあたろうとするとき、なんにもできずにパニックになったんです。人様のお世話はできても、自分の親の介護にはうろたえたんです。」包み隠さず、胸の内を語られた。
生きることを深く思う歌の数々に胸に迫るものがあり、会場全体が暖かい笑いでいっぱいになる一体感が生まれた。
 
ふと思うと、わずかの時間ながら、音楽の力で共感することができた時間だったように思った。


佐久間さんのダンス
■肌から感じる動きの共感
午後からは、分科会で、私は、佐久間新さんが講師の「私たちが福祉施設で踊るわけ」に参加をした。
   
最初に、口から噴出される音や頬を叩いたりする音から声に変わる瞬間を感じる動きをする。
この声を探る動きに目が向いたきっかけは、佐久間さんが関わる障がいある男性が、ダンスの動きや口の動きを真似ても、声を出すことはやらないらしい。それは、日中過ごす施設の日常でも同様とのこと。ただ、その男性は、家では、家族を前に声を出しているとのこと。彼との関わりから、声がでるか出ないかの瞬間を探ってみようと思われたとのこと。
これには、驚いた。
   
その次に2人ひと組になり相手の背中から身体を揺すったり、なでたり。相手の具合を見ながら感じながら、される方はなされるがままに。体で会話をするような動き。揺すられる方は力を抜き、動かされることに身をゆだね、動かされていると、身体が熱くなってくる。
   
その後は、ゆっくり歩く動き。ジャワ舞踏の動きのゆっくり歩く動きを佐久間さんも見ながら真似て歩く。
前に出す足は、親指を引きずるように外側に円を描き着地は小指から、ゆっく親指に向け順に五指を降ろす。とにかくとにかくゆっくりとした動きで。
このゆっくり歩く動きは、佐久間さんが海外の施設で障がいある人とダンス作品を作った時の経験から来ている。
その障がいある人の中に目が見えず耳も聞こえない、盲ろうの男性がいらっしゃった。
佐久間さんは彼に、作品づくりの中で不安はないか、パソコンで尋ねたところ、「走る人がいなくて、ゆっくり歩く人だけなら大丈夫。突然走ってこられたら、よけられないが、ゆっくりならよけられる」と
  
このゆっくり歩く動きは、「じわーーーっ」の声も出しながら、とにかくゆっくり歩いた。2歩を10秒ぐらいで進む、そのぐらいのゆっくりした動きで。なかなか普段では感じ得ないスピード。しばらくこの調子で歩いていると、自然と呼吸もゆっくり長くなり、空気の揺れが感じられるような、そんな感じになってきた。
  
そして、次に、目を閉じて、この「じわーーーっ」の歩きをする。
とにかくゆっくり、人や物に触れても慌てることなくゆっくり向きを変えて歩く。目を閉じて歩き始めた時は、不安がよぎったが、それも歩き続けていると、壁や物、人に近づくとそれをジワーっと感じられて、その感覚が心地よくなってくるような不思議な感じがした。皮膚から、周りにいる人の熱を感じるような、喋らない動かない物や壁がそっとその存在を教えてくれるようなそんな感覚がして。目を閉じながらも、「じわーーーっ」の歩きを続ける中で、いつもとは異なる感覚が起きていることを感じた。
  
最後は、目を閉じ「じわーーーっ」と歩きながら20名の方が手探りで手を握り一つの輪になり、その輪が次第に小さく小さくみんなが近づいて一つの塊になった。
  
終わった後は、ボーッと、ホットした感じ、力が抜けたような感じだった。
 
午前と午後を通して、左と右の脳を気持ちいいくらいに動かした日だった。
「じわーーーっ」を時々思い出したい。佐久間さんに宮崎にも来ていただきたい。



  

Posted by いこいこ at 23:11Comments(0)

2018年01月24日

服部 潤 作品展





服部 潤 作品展  
「忄(りっしんべん) ~日々の閑言集~」
 ギャラリー ArtSpace色空で、28日(日)まで。 

書と画の作品。
愚直なまでに生き方を自問続け湧きだす自身の言葉を自身の文字と画で表現されている。
久しぶりの休息の一時、足を運んだ会場で、その作品と時間を掛けて対峙するなかで、解脱を得たような錯覚に陥る程の心地よさが体内をめぐった。あくまでも錯覚。

自省を日々の生活に当たり前に含み、ご家族ともその根っ子で擦れあって。今の世をありとあらゆる場面や角度から、「生きる」問いを起こし、なんとも言いがたい言葉が、血と肉を得たかの文字になり、絵になり、表されている。服部さんの魂のあるがままが、自在な様で姿を現して在る。

「愛」と言う言葉では言い尽くせない、慈悲深さに満ちた彼の分身そのものを前に、観る側の細胞が目を覚まされやるようで、なんとも言えない気分となった。

そして、我が身を省み、恥ずかしくてたまらなかった。こんな、自問を当たり前にやれていない自分を。薄っぺらい、断面で形を言葉を取り繕っていないか、と響いた。
在るがままで、生きる。
「心(しん)」 「言(げん)」 「行(ぎょう)」 が限りなく一致に近い服部さんの生き方、作品を前に、魂がほくほくと笑いだし、久しぶりの感覚を思い出した。









  

Posted by いこいこ at 22:55Comments(0)表現する

2017年04月01日

マロバーガー


最後のマロバーガーとポテト。
さらりと食べて後味さっぱり。
追加で、南蛮バーガーも。
お勘定では、おじちゃん、おばちゃんに声をかけずらい。
「34年でした。色々とありがとうございました。」と涙目のおばちゃん。
「美味しかったです。お身体を大事になさってください。」気の効いたことも返せず、胸が一杯になった。
明日、4月2日で閉店。  

Posted by いこいこ at 15:02Comments(0)

2017年03月30日

マロバーガー閉店! 4月2日まで!    



長年、東大宮の慣れ親しんだ味。
県内外まで知れわたっていた味。
店名でもあるマロバーガーは絶品。
たこ焼きもお弁当も、お手頃で美味しい味。
おじちゃん、おばちゃんの気さくな人柄にもひかれて、事ある毎に地区でも利用させていただいていました。年齢層に配慮した内容でお弁当やオードブルを作ってくださり、人情味あふれるお店でした。
いつまでもあるような感じをしてましたが体力の限界と、4月2日(日)で閉店されます。残念です。
淋しくなります。
閉店までに世間遺産のあの味をもう一度。


  

Posted by いこいこ at 06:41Comments(0)

2017年03月04日

⚫「 少数派 と多数派 」

 

自作詩
2006年 に 書く  

Posted by いこいこ at 14:04Comments(0)

2017年03月01日

靖治さん「違」

♬ 2/24(金) の創作 <午前>
 靖治さん
 
靖治さんこの日の作品は
【 違 】
障がいを一括りにしないでとの思。多様な人が居ることを考えます。
書き終えられた後で、そんなことを少し語り合いました。



 


  

Posted by いこいこ at 22:38Comments(0)

2017年02月28日

「 楽 」




2017.2.25-2.26 書

弾ける 秘める 

中々、奥が深い 「楽」  

Posted by いこいこ at 11:28Comments(0)表現する

2017年02月21日

天空の城ラピュタ 最後の言葉

先週、本屋さんでたまたま手にした本。

誠文堂新光社出版で、横山和成さん監修の 「図解でよくわかる 土壌微生物のきほん」。
その冒頭にこの言葉が紹介されている。

天空の城ラピュタのシータの最後の言葉。
映画は観たことあるが、記憶になかった。

正に今の世の中に当てはまる言葉で、とても胸に迫るものがある。
また、土が生きる源であることを、この言葉で切り出されている、横山さんの感性に感銘を受けた。

すぐに書きたくなって書き・・。

書き上げたものを数日して、声に出したくて読み・・・。

反芻を繰り返します。

●書・朗読:生駒新一郎



  

Posted by いこいこ at 02:16Comments(0)生きること

2017年02月15日




●たての糸 と よこの糸


2017.2.14 午前 国富町に行く前に書く
何枚か書いた後で、糸が通ることをちょつと思い、下を揃えて書いてみました。
最近、繋がりを考える機会で「糸」の文字を意識するようになり、みゆきさんの歌を改めて読み返し、頷いています。
  

Posted by いこいこ at 23:37Comments(0)繋がり

2017年01月11日

踊る!都城!! 『初春 夢を描こう、踊ろう。』





都城市総合文化 ホール 
2017 年1月9日(月・祝)

アートのちからで、みんなの夢を分かち合う。MJ流 "ロビーで体験&鑑賞" の新年イベントが開催され、今年も書の披露と体験コーナーで参加しました。
  

Posted by いこいこ at 21:57Comments(0)

2017年01月11日

生頼範義展III  



みやざきアートセンターにて15日まで開催。

想像を絶する量と質。
妥協を一切しない、画面との真剣勝負の軌跡。

圧倒されるばかり。

戦争への強い怒りと平和への祈りを示すような油彩群には、言葉がでない。 

#生頼範義展





  

Posted by いこいこ at 08:22Comments(0)

2017年01月01日

がっかり過ぎる紅白!

くだらなすぎる紅白。

意味わからない、ゴジラ。
マツコ、タモリ。
何が主なのか今一度原点を観ろ。
ジャニーズとAKB頼み。
琴線に触れない、こなすだけの行内になっている。
くだらない。
くだらない。
ときめかない。  

Posted by いこいこ at 00:22Comments(0)日常より

2016年11月10日

⚫2016年11月10日 書

 

  空気の冷たい
  空気の冷たい 朝 
  もう秋から
  冬へと移り変わる頃か
   と思う

  立ち止まりつつ
  前に進もうとする 今日
  今  この時 
  不安も 期待も 入り混ざり

  ただただ 
  今  この時を
  噛みしめたい

  

Posted by いこいこ at 15:25Comments(0)

2016年09月25日

75前のことだけではない



■75年前のことだけではない
 命を肌で感じずに選別、区別、差別する危うさは。
今夜、なにげに再放送のETVを観た。
ナチスが行った、精神疾患患者・遺伝的な疾患をもつ人、障がいある人に対する、最悪極まりない権力体制の都合よい「安楽死」作戦。
命の選別「T4作戦」。

これがのちに、ユダヤ人の大量大虐殺と野生化した弱者殺害に引火していった。


T4作戦に毅然と立ち向かったフォン・ガーレン司教。
信者に突き刺さった言葉は信者により拡散し、現代に残る。

「貧しい人、病人、非生産的な人、いて当たり前だ。私達は他者から生産的であると認められた時だけ、生きる権利があるというのか。
非生産的な市民を殺してもいいという原則ができ、実行されるならば、我々が老いて弱った時、我々も殺されるだろう。
非生産的な市民を殺してよいとするならば、今、弱者として標的にされている精神病者だけでなく、非生産的な人、病人、傷病兵、仕事で体が不自由になった人すべて、老いて弱った時のわたし達すべてを、殺すことが許されるだろう」

正に、現在もその危険な因子がただよう。


てんかんの叔母が、17歳で「T4作戦」により殺害されたことをずーっと知らされていなかった、姪にあたる女性は、家族もが、当時の権力の思想コントロールに染まり、叔母の存在を戦後まで黙殺していたことを、とても悲しがっていた。

「T4作戦」に携わった看護師は、完全にナチスのプロパガンダに洗脳されいて、戦後行われた問いには、「私は何も悪いことはしていません、上司にも気に入られ、患者の為に懸命に働いた」と。


負の連鎖は、僅かのところから徐々に目を出し始め、気が付けば、大勢にもの言えない空気となり、弱い立場の方に恐ろしい圧力を浴びせることになる。

病弱な方をなじったり、障がいある人の命を殺めたり、悲しいが、なにか75年前の危険な空気を感じる。
日本国の施策にしても、「老いては手をかけるなよ、障がいもつ人も頑張って生産活動に参加して納税しなよ、生産性のない、高齢者、障がいある人、病弱な人は、福祉・医療を当てにしないで、自助努力と地域にたよりなさい」というようなことが伝わってくる。

一方で、権力の拡大、金欲者の肥大には加担をしていく。
健康を患うこと少なく、金欲ばりばりの生産性を高めることに猛進(盲信)する人が、牛耳る世の中に傾き掛けている。

根底の思想が危険な75年前に引き寄せられないよう、声を声を上げなければ。

フォン・ガーレン司教のお言葉は今でも唱えなければならない。
多様な存在により在るこの世の貴さを。  

Posted by いこいこ at 01:09Comments(0)

2016年09月21日

●さすがに安全優先でしょう


昨日の未明に直撃した台風16号


ちょうど宮崎市が激しい最中の3時頃に、地元の朝刊が配達されてきた。

驚いた。と、疑問もおきた。

なんで、こんな暴風雨吹き荒れる真っ只中に、危険に身をさらしながら配達をするのか、させたのか。

台風など関係なく、いつものように配達しないと機嫌を悪くする購読者を気にしてなのか。理解できない。

台風の進路を見て、新聞紙上ででも、「台風の影響で○月○日の朝刊の配達が遅れる場合がありますことをご了承ください」と読者に予め伝えておくといいのではないか。


販売店の一存ではどうすることもできずに、販売競争を過剰に意識し、新聞社本体からどんな天候でも定刻配達を無理強いさせられているのか。


うねりをあげる風と激しく叩きつける大雨の中に、決死の覚悟で配達された新聞を見て、考えさせられた。
  

Posted by いこいこ at 00:41Comments(0)日常より

2016年07月22日

菅原直樹氏による「演劇で介護現場を楽しく豊かにする」体験講座&講演会 のご案内










明後日と明々後日です。お急ぎください。

このたび、認知症介護の現場に演劇の知を活かし、現場を楽しく豊かにしようとする標記事業を下記の通り実施することとなりました。今週末です。

高齢化社会にあって、介護は様々な問題を孕み、暗いニュースも後を絶たない状況であります。本事業は、介護の現場に演劇の手法を活かそうとする試みで、実際に「きつい」「つらい」想いをしている人の気持ちを軽くすること、あるいはまだ介護に直面してない人にも、その楽しさを知っていただくことを目的に実施するものです。

 今週末です。
23日と24日です。

ご是非ともご参加をお待ちいたしております。
また、必要とされる方々へのより効果的に周知したく、お知り合いの方などへのメールの転送、回覧・配布のご協力を賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。                                  


1.実施日時・会場 (主催・共催)

  ■宮崎県 高鍋町 7月23日(土)

    ①講演会(定員40名)10:00~12:00   
    ②体験講座(定員30名)13:15~16:15
    高鍋町老人福祉館 大会議室

    主催 あわいや ※障がい者と共に表現活動を行う任意団体
    共催 都城市文化振興財団・舞台事業組合共同事業体


  ■宮崎県 都城市 7月24日(日)

    ①体験講座(定員30名)9:30~12:30   
    ②講演会(定員70名)14:00~16:00
    都城市総合文化ホール

    主催 都城市文化振興財団・舞台事業組合共同事業体
    共催 あわいや ※障がい者と共に表現活動を行う任意団体

2.内容
   体験講座/介護者と認知症の人の疑似体験を通じ、
   認知症の人との関わり方をじっくりと考える。

   講演会/認知症の人との関わり方、
認知症ケアの楽しさ等を伝える。

   講師:菅原直樹(俳優、介護福祉士)

3.参加料

  体験講座/1,000円  講演会/500円

4.募集要項

  ①名前(よみがな) 
  ②電話番号 
  ③メールアドレス
  ④体験講座or講演会どちらに参加か(両方も可) 
  ⑤参加動機(体験講座に参加希望の方のみ)

以上5項目を、高鍋会場はあわいや宛に、 都城会場は都城市総合文化ホールに知らせいただく。

●申込先・申込方法(高鍋と都城で異なります)
 ■高鍋会場→あわいや・生駒まで
  メール m.awaiya.ya@gmail.com
  電話 090-6773-5699(生駒)
 ■都城会場→都城市総合文化ホールまで
  メール mjhall@mj-hall.jp
  FAX 0986-23-7143
ご応募お待ち致しています。

_______________________________
演劇を介して認知症の方との関係を深める活動をされている菅原直樹が講師で行われます。
菅原さんは、栃木県出身で俳優であり介護福祉士です。そして、四国学院大学非常勤講師でもあります。
現在、在住する岡山で「老いと演劇」OiBokkeShi 主宰されています。劇作家・ 演出家の平田オリザさんが主宰する青年団に俳優として所属され、新進劇作家・演出家の作品に多数出演です。
2010 年より特別養護老人ホームの介護職員として働いており、 介護と演劇の相性の良さを実感し、地域における介護と演劇の新しいあり方を模索されています。
あるとき、認知症の方から「時計屋さん」を間違われ、好奇心からそのままその時計屋さんになりきり会話をすすめていくことで、会話の深まり広がりを実感されたことが、介護と演劇の相性の良さを感じたことのようです。
2012 年、岡山県 和気町に移住し、2014 年より認知症ケアに演劇手法を活かした「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開されています。
  

Posted by いこいこ at 00:19Comments(0)生きること

2016年03月10日

■感じるところ、原発停止。  

滋賀県の住民29人の訴えを認め、2基の原発停止。
福島の原発事故を真摯に受け止めず、安全面への説明不全を当然のごとく一刀両断。本来なら、行政権が率先した自制を促すところを、司法権が良心の気を発した。 判決を受けて・・・
・関西電力は即、不服申し立て。
・国は、静かに反発、再稼働を支持。
・立地行政は、当然のように反発。
原発事故発生時の避難計画が、原子力規制委員会による規制の対象とはなっていないことは頭を傾げる。
何を優先に国は在るのか、経済は動いているのか。
司法権の出した判断は、至極当たり前に思えてしかたがない。


http://lm.facebook.com/l.php?u=http%3A%2F%2Fwww.asahi.com%2Farticles%2FASJ37454PJ37PTJB00C.html&h=kAQHkAP1M&enc=AZPnkeoHgprK31w50TzOu4z_zHL5RjDQCRf-8ZqMfLtPC09pHDQ4uBHoBs4H0C4_7Uu7ORhkc7HpaFwz8n8quC3Yq-Ksw1IBQLDXHVWaVHaNcTy9vSEirZL4eW9n4iusyj_dpPfY55DFWd0InNedk8KJ1Fians8EEz6bMSduHpbCBICcTFzT7wUFqiWiB0X8W_EUZW1gd92V60YEJWue1r6h0_KRkNpBnIwGFXbMqpNMMkCG9x84xmOO-30f-fNYkl6MD2AyJZi-_lKNQyfdEvzl&s=1  

Posted by いこいこ at 07:50Comments(0)

2016年03月07日

危うさの中で、立ち返る

 

今のご時世下、容易に、ごまかしの日常に手を染めていく雰囲気が充満しています。
無意識のうちに、静かな言動が、ちょっとず集まって、時に悪となるような危うさがいたるところで。

数字、結果、形にだけに陥りやすい安易な思考展開は、人を虜にする。 
危険。

時代や場所に関わらず、そういった激流に惑わされずに、自然と一体であるという原理原則に立ち返れるならば、流れに持ちこたえるのでしょうが。

おかしな感覚が、常識化することはおかしいと心で呟き、私は私がやれることをやるだけと諭されます。

福祉とは、広く生きる素地を耕す広い視点と慈悲の気持ちがベースにあることなんでしょうが。

三権分立の一翼を担う司法権も目先の利潤を追う体質が目につき、経済最最最優先病が充満していることを恐ろしくなります。

世間をそのように腑抜けにして、勝手な操縦を図る行政権の腹黒さには、とんでもない恐怖を覚えます。

しかし、国民1人の地点では、自らが呼吸を整え、できることに手を伸ばし、視点の転換することはできます。
微力でも無力ではない。

福祉の毒された現場で、自浄能力もなく集金に汗かく輩には、激しく怒ります。
しかし、その怒りを原動力に、私がやれること、目を向けることに身を置き動きたいと思います。  

Posted by いこいこ at 14:25Comments(0)

2016年02月03日

♪きぬこさん

ふとカレンダーを見ると、あと3日、2月6日で絹子さんの生誕75年の記念日となる。

今年の8月24日は旅立たれて丸10年となる。
早いな-。もう、10年。



最初に出会ったのが18年前。
青葉町の長屋の土間を恐る恐る入っていくとニコニコと迎えて下さった絹子さん。
当時、どんこやの所長だった。

「私たちは何にも頑張ってないとよー」と。
私の愚問にサラリと答えて下さった。

出会って2年ほどして、絹子さんから「書を学びたい」「月謝を払って学びたい」と申し出があった。まだどんこやのスタッフではなかった私にそう、言われた。 この友井さんの声に共鳴して、サトミさんとヤスハルさんが時間を共にした。

絹子さんの個人教室の時間で印象にあるのは、私が、「友井さん、もう少しここをこのような感じで動かしたらいいと思います。」という一言に「はい」と言ってはものすごい集中力で一筆一筆を運ばれていた事。念を送り込むその姿は、なんの衒いもなく納得の行く作品にしようと、私の言葉をよりどころに一生懸命に紙に向かわれていた。その姿が強く瞼に焼き付いて離れない。
書き上げた後には「ありがとうごいました」と言われ、反対に私の方が最敬礼の気持ちに何度となくなった。

身体がきついと言って筆を持たれる時も、書き終えた時には「なんか不思議ね、書いていたらきもちよくなった」と。

あるときは、気持ちの落ち込み切った私を自宅に招いていただき、お酒と食事を出してくださり、とことんまで話しに付き合ってくださった。
私だけではなく、絹子さんを慕ってくる人をとにかく、飲ませ食わせをよくされていた。障がいの有無など関係なく。

しこたま叱られた時もあった。
その時は、言い返すこともできないくらいだった。

全身全霊で背中で、生き方を教えてくださった絹子さん。
境界線を行き来する役割を、と思う私に取って、とても偉大でお手本とする生き方だ。到底及びもしないが。
底の見えないでかい器で、いろんな人を惹きつけたひと。

どんこやの頃から離れない絹子さんの言葉の一つで
「アートはうまれたときから バリアフリー」
人と膝詰めで付き合い、擦れ、浮かび上がったストレートな言葉。

彼女がつけた「どんこや」って、とてつもなく大きな意味をなすものとつくづく思う。
だから、みずからがつけた「あわいや」にも思いを深めたい、共感したい。

自分の土壌をなすものは何か、誰に育まれ、誰と歩み、どこに行くのか。
岡富公園墓地に眠る絹子さんの生誕日を前に、自分の生き方の点検をしなくちゃ。  

Posted by いこいこ at 08:01Comments(1)生きること