2010年03月09日
その時の 初めてのこころ

3月9日
旧暦 1月24日
今日から明日と冷え込む予報。
雨が続きます。
写真は、教室のある公民館にある樹木。
もう少しで引き継ぐ日を迎えるにあたり10年間を振り返ります。
こどもの屈託ない振る舞い、表現に一喜一憂することもありました。ずいぶんと感じることを与えていただいた場でした。今の自分の心の有り様を確認させられる所でした。
なすべきこと、行うべきことをおこない、新たな年度を迎えるようにしなければ、と自分に言い聞かせているところです。
母への対話を怠り、家にある仏前、神前への気持の傾けかたが不足していることは、成すべきことをおくらしていることと繋がることだと思います。
教室を始めたころの初心を思い起こし、新たな一歩を踏みだそうとおもいます。
明日の天気はあした色。
2010年03月01日
あんねい

日付けが変わりましたが、昨日で2月も最後となりました。
今夜は満月が力強く輝いています。
月が照らす地上は様々な模様が映ります。
9月末にスマトラの地震があったのに続いて一昨日はチリの大地震。
昨日は大津波警報が一日発令中でした。
毎年発生する巨大地震。
見えない内に凝縮されて放たれる。
人の営みと離れたところの力では在りますが、人間の成すこと、思うこととは遠く繋がっているのではないのでしょうか。
阪神淡路大震災以降、地殻の平和が崩れたと聞きます。
足元で起こることは、日常生活をあっという間に揺るがします。
いつ、どこでも、誰にでも起こりうることとして。
2週間競われた冬の祭典も明日閉幕、人の持つ可能性を改めて教えてもらう期間でありました。そして、たどりついた長い道のりの末の晴れ舞台は、支えあいながらようやく迎えることができたものであることを垣間見る一ときでも在りました。
笑顔、涙、怒り。
結果についてくる表情の一つ一つに様々な人間模様を観ました。
表現は誰にでも与えられたものでしょうが、それが闊達に行く人とそうでない人と当然います。もちろん自在に行える人はそれなりの道のりを歩んできた末のことで、自分と向き合う苦しさを経てのことであります。
ただ、うまく表現できない人は、ただ単に手をこまねいているのか、といえばそうではないでしょうね。苦い思いを繰り返しながら必死で生きた方もいます。言葉が、文字が思い通りにならず、唐突で衝動的な動きになってしまうばあいもあります。それは、他人から見れば誠に不可解極まりないでしょうが、心の姿がそのように表している結果です。
命の尊さは、地球上に在るものすべて同じです。
できるできないだけをもって判断されるものではありません。
心がうれしいなー。
心が楽しいなー。
心が こころが ココロが
喜びを一杯感じられたら。
皆がそうあれた、世界にも地球にも伝わるのではないのだろうか。
・・・・そう、思います。
疲れて凝りがたまった背中をほぐしてみる月は、癒しのメロディーと香りと色を届けてくれているようです。
今日から弥生。
2010年02月26日
解放

久しぶりになりました。
2月も早いものであと2日となりました。
ここ数日雨が続き春を想わせる気温です。
ふーっと肩の力を抜いているようでいましたが、今朝起きて背中に疲労が溜まっていることを感じました。
バンクーバーでは様々な自己表現が繰り広げられてます。
結果以上に彼ら彼女らのその表現手段を手にし、晴れ舞台までたどり着いた様々な背景に興味がそそります。
自分の思いを伝えることがままならない方との対話を通して、誰しもが求める表現の形を考える今週でした。
現れないけど確かにある心の動きに目を向けて。
自らのぎこちなさから、その容易でないことを想うところです。
久しぶりに見上げた夜空の月は、雲を纏いながら、命の証を脈打つようでした。
明日はどんな日でしょうか。
2010年02月11日
つかの間

2月11日
建国記念の日
旧暦 12月28日
今日は1日、嵐のような天気が見え隠れしていました。
気温も昨日に続き、20度を超え、この時期としては異常な暖かさでした。
今日、午前、弟家族が帰省してきまして、2歳の姪とほんの一時、近くを散策しまし
たら、土筆を見つけました。
なかなか、近くをあるくことも、草原に目を向けることもありませんから、貴重な時
間でした。
写真は、姪が持ち帰った土筆を神棚と仏壇に上げたものです。
冬の寒さも味わい、春の静かな足音を少しずつ感じて待ちたいです。
2010年02月07日
自らを表す

2月も7日となりました。
寒さは少し控えめの一日で気持のいい日でした。
1年前、人間力を考えていました。
いろんなものを含むことです。
齢を重ねる中で、お世話になり今日まできたことをしみじみと思い、一方で十分にこたえられない、今の自分を見ます。
足していくことで今の自分よりも高まることを知りながら、まだまだのことを感じながら。
その過程か、その先か、自分のもつものを自分のできる方法で表現することを想像します。
写真はノルフェー出身の画家エドヴァルド・ムンクの作品。
「叫び」で有名な作家です。
彼の作品には、彼の内面を映すような影がついて回っています。
自らと真摯に向き合い続けた彼は、心身が疲れ切るまでに陥り、自分が生み出した作品を自分の子供として、分身として、常に傍に置いていました。
彼が形に表すまでの内なる動きに気持がうごきます。
純粋なればこそなのかもしれません。
形に、結果に表れることばかりにとらわれることなく、自分を表す力を、そこに結びつける力をはぐくんでいきたいと思います。
今日の夜空は、まことに穏やかです。
2010年02月03日
今、見ごろ・・

今日も穏やかな1日でした。
夕方は、バタバタとした日でした。
先日、気にとまった桜の木はもう、満開です。
ふっと心に間をとってくれているようです。
昨年から始めたここでのこの綴りも丸1年となりました。
節分。
これまでの邪気を追い払いし新たな季節を迎えたいです。
これから、蕾を膨らませる桜も早く咲きたくなるような暖かさでしたが、明日からまた寒気が戻るようです。
でも、明日は立春。
少しずつ春の訪れを待つ気持がたかまります。
2010年02月01日
いくつになっても


昨日からの雨は続いてしっとりした1日です。
昨日、何気なく訪れた空港で偶然フォークスの選手が到着で出くわしました。
初めて見た歓迎セレモニー。
写真上の真ん中に川崎宗則選手会長と和田毅投手。
さすがに2人の顔つきは凛々しさが際だっていました。
特に和田投手の眼の力を感じました。
秋山監督もかっこよかったです。
いくつになってもプロ野球選手を間近に見ると興奮するもんですね。
小学生の頃、授業が終わって、大急ぎで自転車をこいで、参拝するジャイアンツの選手を見ようと宮崎神宮に必死でむかったことを思い出しました。
2010年01月27日
もう、早くも…

今日も過ごしやすい1日でした。
天気予報では桜前線が今年は早いとありましたが、高岡の民家の桜を見上げると開いている花が観られました。
桜の種類に疎いので、何桜が分かりませんが、少し早くものなのでしょうね。
春はもうすぐです
2010年01月26日
夕暮れに

1月26日
旧暦12/12
大安
今朝は、フロントガラスが凍り、昼間は温かさが感じられましたが、
陽が落ちてからは冷え込みます。
1月も下旬となり、日が少しづつ長くなってきました。
写真は、夕方6時10分頃の東の空のお月様。
三日月よりもやや広がった弧が、綺麗な線をみせていました。
これから登ろうとする月が、暮れゆく西の空を遙かに望み、しずしず輝きまして行くようでした。
2010年01月25日
繋がる糸

陽が落ちて肌寒さを感じましたが、日中は暖かな1日でした。
自分の在るもとは果てしない過去と未来とが繋がってあるんだ、と先週、感じることがありました。
呼吸が落ち着かないこと、人との関わりのささやかなことを置き去りにしていること、それらが、今、出逢うこと、感じることにつながる、と思い訪ねたところで感じたものでした。
宇宙の源のエネルギーを自然な形で通す事で得られる充足感。
魂の営みは到底、一つの生涯だけでは達し得ないことを。
自分が自分を大事にする行動、言葉を向けることがいろんな力につながり、大きな愛となり得ることを。
1日の中の僅かな時間を自分に対して、物に対して持てることは、壮大なエネルギーの中で生かされていることを感謝することを思う大事な時間だとおもいました。
少しずつ、糸を紡いで、色んなことを思い感じられる光を全身に張り巡らしていけたらと思います。
2010年01月15日
いさぎよく力強い 星

ここ数日の寒さが緩み過ごしやすい日でした。
今夜も冷たい澄んだ冬の空に星々が瞬いています。
東の空には冬の大三角形がはっきり見えます。
気持ちの澄んだ18歳。
昨夜の夜の報道番組より。
昨年の春と夏、甲子園を沸かせた高校生。
花巻東高校の 菊池雄星投手。
西武ライオンズ入団が決まり、先日、古里の岩手県花巻市を離れライオンズのホームタウン所沢へ向かうまでの密着取材が放映されました。
昨年春から高校球界の注目を浴び続け、大リーグか日本球界か熟慮をかさねた末に選んだ道。
夏の甲子園では準決勝で無念にも背筋を痛めて途中降板。
果たせなかった夢を、プロの世界に移す。
その彼の言動に私の背筋も伸びるようでした。
深く印象にのこりました。
高校生活時代に毎日続けたトイレ掃除。
人が嫌なことを率先して行うことがピッチャーにとって欠かせないことと続けた。
何時も仲間(人)に支えられていることを忘れないこともあってなんだろーと感じた。
西武の寮に向かう迄の道中手にしていたグローブ。
大事な道具なので、人の手を借りて郵送するのでなく、自分の手で運ばなければと思った、と。
彼の荷物に過去の甲子園の思い出になる写真、雑誌、メダルは無かった。ゼロからのスタートとしてあるから、と。
そんな彼の素地を作ったのは両親。
両親は、彼に小さい時から、‘素直で、優しく、正直な人になりなさい‘ と伝え続けた。
彼もそれに応えるようにまっすぐに育った。
高校野球をしている間続けた日誌には、毎日、毎日、「親孝行」と大きく、はっきりした文字が書かれていた。
郷里を離れるときに見送りに来られなかった母が彼に手紙を渡していた。
「私が誇れることは、甲子園で活躍した貴方ではなく、150キロのボールを投げる貴方ではなく、大リーグに関心を持たれる貴方でなく、日本のプロ野球選手となった貴方でなく、素直で、優しく、正直なまっすぐな人に育ってくれた貴方の親であれたことです。 18年間、たくさんの思い出をありがとう」
この1文に彼と、ご両親の心が正にあると思いました。
彼は、「人として大事なことを忘れた時は、プロとしてやるしかくはない」ときっぱりと自分に言い聞かせていました。
謙虚に人の道を大切にされる中で育ってきた彼。
大きな器を備えた彼には野球という一部分だけでなく、人としての計り知れない力、魅力に惹きつけられました。どんな人となるのか、楽しみです。
正に名前の通り、夜空に力強く輝きを放つ星です。
久しぶりに、大事なことを18歳の彼とご両親から思い出させて頂きました。
2010年01月10日
抽象の具象

穏やかな1日でした。
年明け早々の諸事で疲れがピークです。
写真は、夕暮れを迎えた県の文化公園。
今日は16時過ぎに平和台のひむか村に行きました。
瑛九の最後の弟子と言われる加藤正さんが見えられているということで、ステーションのヤスさんが描いた絵を見ていただきたく、ヤスさんと伺いました。
シンポジウムが終わった後の僅かな時間に見ていただいて、アドバイスをいただきました。
自由に書いているようだが、一つのパターンの連続だ。
一枚だけ観ると抽象的作品として面白い。唯、一連の流れを見るとマンネリ化の流れに陥りかねないものも見てとれる。
ときには、トンボや人など、具体的フォルムを見て描くこともやってみると、発想の広がりを呼ぶ。
心の解放を生む為にも 描き続けること。
今、生きるその時を感じることを、自然に尊敬の念を抱くことを心の肥やしにすることを言われたように伝わりました。
加藤さんのお話しを聞いた後、久しぶりに県立美術館に瑛九の作品を観にいきました。
改めて、48年の生涯を掛けて作り出された作品の力に感動いたしました。
そして、彼が姉に宛てた書簡の中の一文にも激励を受けました。
人間は、不幸になると、付け焼き刃の理念、理論は剥げ落ち、生まれながらに持つ本性が顔をだす。昨日よりも今日をより良きものであるよう、自分を高めて行きたいのです。
彼の真摯な生きる姿勢、作品傾ける情熱をそこから感じました。
2010年01月07日
無限の夢

日付が変わって1月7日
旧暦 11/23
5日に小寒を迎え、寒中となり、寒波が厳しくなってきました。
今夜の月は半月。
ちょうど今、東の空を登ろうとしている姿です。
今日は、教室で子供達にいつもの課題を終えた後、「夢」という字を書いてもらいました。
それぞれに参考手本を書いて、練習などなく1枚だけ。
平仮名の子もあれば、カタカナの子も。
学年に関係なく漢字の子は、行書風に書く子も。
横向きにに参考手本を書いたものもあり、いつもとは違う感覚の1枚に1人1人の表情が生き生きしているようでした。
いつも楷書の払いの形にこだわって、形を作ろう作ろうとする子供にテンポよく書く行書の「夢」の挑戦を提案したところ、おっかなびっくりながらも紙面いっぱいに筆を運んでいました。
また、平仮名4文字を自信なく書いている小学2年の男の子は、自ら漢字の「夢」を書きたいといってにこにこと柔らかみのある線でおおらかな「夢」を書きあげていました。
心と身体が一体になって仕上がった1枚1枚から、1人1人に確かに在る「夢」「希望」がいっぱい伝わってきました。
2010年01月02日
初月出

2010年があけました。
あけましておめでとうございます。
写真は昨日、元旦の月が登る時の写真です。
初日の出は見られませんでしたが、今正に登ろうとする月に厳かさを感じ、新年最初の月の出に一年の計を祈るところでした。
今日は主な親戚回りを家族とおこないました。
回りながら、些細なことも人づきあいには欠かせないものだ、と杯を交わしながら思う1日でした。
2009年12月31日
打ち響く心

今年も大晦日となり、あと3時間で新年を迎える時となりました。
今夜の月は鮮やかです。
ここに記載を始めて10ヶ月。
1年を振り返ると呼吸を整える間を持たず、追われるようにいた、自分の姿を見ます。
このことをきちんと時間を割き、伝えるべきことをきちんと行う。そう、おもいながら、日常の仕事に時間使うことが優先になり、そのままになったことが大きく心に残る。
一年を通して、自分の進むべき道、考え、思いを、決心をもって明らかにする年でありました。
人との出会いに随分励まされたことだし、出会いを大事にすることの難しさも感じた1年でした。
今日、昼間に父が眠る納骨堂を訪れました。
そこで、住職さんより「今晩、年越しに掛けて、年越しの鐘打ちとご説法があるから是非、おいでください。日本人は、新年を迎える時にお寺に行くことを想ってほしいです。」
2年前から父を預けてあますが、言われてみたら、思いもしなかったことでした。
改修中の本堂は、漆を何回も何回も塗る工程の途中と見せてくださいました。
漆を塗る工程が済むと金箔を施し、仏画を描く流れになるとのこと。
この改修工事は、200年に1度行うと言うことで、大変有り難いものを拝見させていただきました。
今夜は姪の体調が優れないこともあるので、自宅での年越しになります。
今年一年、身心を乱し悩ませ智慧を妨げた心の働き−煩悩を、一つ一つ払い除ける気持ちで、鐘の音に耳を心を傾けたいです。
来る年には、初心を思い、始めるとしたいです。
今年一年、有り難うございました。
2009年12月29日
間をおく

小春日和の今日、車に乗って出かけると暑いくらいです。
年末の疲れがでたのか一昨日からウイルス性の胃腸炎にかかってしまいました。
昨日はまったく固形物が入らず、夜中は4回着替えるほど汗をかきました。今朝になって熱も下がり、ようやく食事を口にすることができました。
まだ胃腸の重たさはありますが、ずいぶん楽になりました。
年の瀬を迎え、年賀状、掃除等まだまだ残っています。
身体を休めることもしなくちゃならないと、腹部に痛みを感じながら思うところです。
2009年12月14日
変らずに

師走となって2週間がたちました。
12月14日
旧暦10月28日
色々と考えること感じることがありすぎて、頭を休めることもままならない状況でした。
いつよりは寒さが感じにくい初冬です。
写真は、1週間前に夕暮れを迎えた平和の塔です。
先日、5日の日に行きましたコンサートに行きましたが、久しぶりに感情の高ぶりを覚える一時を味わいました。
マイノリティオーケストラという若い女性5人のグループです。
5人にももちゃんという高校1年生の女の子も唄で加わってのものでした。
唯単に、にぎやかで元気のいいバンドなのかなーと思いながら演奏を聴いていました。
途中、リーダーの小春さんの乗りのいいしゃべりが伝わってこないことも有りながら、徐々に彼女たちのなんとも言えない、魅力を秘めた演奏と歌声に聞きって行きました。
ラストの曲を迎えた時、それまでとぎれのないしゃべりをしていた小春さんの口調がゆっくりとなり、一言一言かみしめるように話し出しました。
これから、演奏する曲の説明として。
ビクトル・ハラという一人のシンガーソングライターの曲。
30年前の南米チリでのこと、当時クーデターによって軍事政権成立。その政権に反旗をひるがえす人民と一緒にビクトル・ハラは抗議を続けた。間もなくして彼は、チリ・スタジアムに連行された。連行されても尚、多くの市民を励まそうと革命歌ベンセレーモスを歌った。すると「二度とギターを弾けないように」と両手を撃ち砕かれた。それでも止めずに今度は手拍子で彼は歌い続けた。、頭に来た軍は、とうとう最後は彼の喉をめがけて一斉に銃を乱射し、ハラは、虐殺された。
震えながら、絞り出すように小春さんが話す言葉に、私自身、段々と目頭から全身に至るまで熱くなってきました。
「ハラのようになるなど容易に言えないが、私も音楽で人を元気にすることを続けて行きたいです。」と
時代に迎合しない、何時の時代、場所、どんな人にもすーっとはいって行ける曲を彼女達は奏でているんだなー、とラストの曲を聴きながら思いました。大きな幹をもってやっている彼女たちの姿は、曲に乗せて元気を沢山貰いました。
気持ちのいい久しぶりの熱くなる夜でした。
2009年11月28日
見えない所のチカラ

11月もあと僅か。
師走が目の前です。
薄曇りの間に晴れ間が覗く空模様でしたが、今日も穏やかな天気でした。
風の冷たさをやや感じるようにもありましたが、ストーブに火をつけることない陽気でした。
ここ数日で思うことがあります。
人がその人らしく在るためには…。
形や成果物は、いろんな価値を周りから受けます。ついて回ります。
そこに意味を持たせ、誘導的に物事が進められることがほとんどではないかと思います。
それはそれである時、ある場面では必要なことです。
しかし、何より、本人が如何に心が落ち着き満ち足りているか、が大事ではないかと思います。
表に現れない地下の根の動きを想像して、如何に待てるか、その動きを想像し楽しめるか、一緒にいる人も味わえるか。
サポートをする人の働き掛けに全く反応を示そうとしなかった女性が、ある日突然土粘土を丸めだし、つまようじで目と鼻と口をパッパッと書き入れてお願いするポーズの人形を作り上げた。
それまでに掛かった歳月は2年。
その2年の間彼女の自然な流れを保証し、寄り添って来られたサポートの方々に感銘を受けます。
以来、数限りないお願いの人形は生まれています。
唯、表現の結果にどれだけ彼女が執着しているか、それは聞き及んでいませんが、価値を着けるのは周りのこと。
彼女にとって必要な根を張り栄養を吸収する時間がしっかりあったことがなにより大きなことです。
容易ではない日常の連続ですが、幹を支える地下の動きを大事に思い、土壌を豊かにできるよう、行ったりきたりになりますが、意識において自然とできるようになりたいです。
2009年11月23日
生きるって

11月も下旬に差し掛かりました。
ずいぶんと間が空きました。
その間は、いろんなこころの動きがありました。
明確に、伝えられない気持ちが在ることが分り
ながらずるずると来てしまい、それを止めることなく
来ている自分を厳しく奮い立たせることもなく。
柔軟さが少なくなったのか、意固地にも思えるところもある。
しかし、唯単なる意固地なのか。
近頃になって自分の中で価値観のぶつかり合いが
起きているのを感じ続けています。
どっちがどういいというものではなく、
おそらくその2つの境界線にいる自分は、
その真ん中をうまく歩めることが
必要なのではないかとおもいます。
中庸なのでしょうが。難しいことですが、
時間を掛けてでもやらなければなりません。
最近、努めて見る番組があります。
11月22日で最終回となった 天地人と日曜劇場の「JIN」です。
どちらも見過ごすこともあるので、ネットなどでなるべく見るようにしています。
11月8日の天地人で心に残った言葉が、2シーンでありました。
■兼続が毛利輝元に向けて
「 毛利様、何卒お心を強くお持ちくださいませ。
生きていればつらいことも、ままならぬこともございます。
されど、それらすべてに慈愛の一念を持って
対することこそが、人としてのあるべき姿と
存じ上げまする。さすれば、いつの日かきっと
天は良き酬いをくださいましょう。 」
■仙桃院が臨終の床で息子である上杉藩主の景勝に向けて
「 引け目に思うことはなにもない。」
「 そなたは、そなたの儀を貫き通せばそれでよい。 」
それから、日曜劇場の「JIN」の第一話より
医者の南方仁が江戸時代にタイムスリップして、
現代では容易に麻酔を掛けて縫合の手術ができる怪我を
麻酔が無いことにうろたえていたところ、
患者の幼い息子が懸命におまじないを唱える。
「ちちんぷいぷい ちちんぷいぷい」
必死になって唱える彼を前に南方は、
心の中で彼の支えとなる人に向けてかたった。
「 これまで手術を成功させてきたのは
俺の腕じゃ無かったんだよ。
今まで誰かがつくって来てくれた薬や技術、
設備や知識だったんだ。
そんなものを無くした俺は、
痛みの少ない縫い方一つ知らないやぶだった。
14年医者をやって来て俺は
そんなことも知らなかった。
自分はこんなにもちっぽけだとは
知らなかったよ。 」

どちらの番組からも生きることの元々を考えさせられます。
何の為に今在るのか。
精一杯に生きることを、したい。
日々、僅かでもそう思い進みたい。
そう、ありたいです。
2009年11月05日
何をするにも

日付がかわりましたが、11月4日。
寒気が和らぎ今日も晴天の一日でした。
夜になっては、満月が雲一つない空から気持ちよさそうです。
ジャイアンツは投手が崩れ、ファイターズに並ばれました。
勝っても負けても、フェアプレー精神とファンや支えてくださる方々への気持ちがあるから、また応援をしたくなります。シリーズに入り不振だった小笠原、昨日のインタビューで「皆さんの後押しでうてました。」と。試合を決める一打を放ったキャプテン阿部も同様なことを答えていました。
クライマックスシリーズからチームの和を大事にして一定期間、ドーム近くで全員で寝食をともにしたとも聞きます。
選手個人、チーム全体から放つ明るく元気で、スポーツに敬意をしめした言動には見ていて惹きつけられます。
昨日のナビスコ杯の表彰式で準優勝となった川崎フロンターレの悪態が問題になっています。3年連続で優勝をのがしたことに納得行かずに起こしたことのようでしたが、情けない限りです。掛けられたメダルをすぐに外したり協会関係者との握手をこばんだり、ガムを噛んだまま式典にのぞんだり、壁に寄りかかりすわりこんだりと、まったく個人的な品位を欠く感情の振る舞いに、周囲の人、サッカーを応援する人、一般市民にいたるまで怒り心頭の状況です。
Jリーグ100年構想を同リーグは打ち立てていますが、文化を育て花開くまでの壮大なもので支持をしたいのでしが、肝心要のトップ選手がこんなありさまで早計なければいいですが。
色んな国や地域を越えてサッカーは人と人を繋ぎます。
ワールドカップは地球で最大のスポーツイベントです。
トップでプレーできる選手は夢を与える立場にあります。
思うように動けないように見られがちな人でも、必死に精一杯感謝して好きなことに励んでいる人もいます。
負けは自らの責任で招いたこと、足らぬことは何かを真摯に振り返り、技術と同時に精神性を磨くことに努めるべきです。
芸術家で在る前に一人間であれ。
自分の師匠から以前、よく言われていた言葉を思い出しました。
退任された前楽天の野村克也監督も芸術家を野球選手に置き換えてよく使われていたようです。
サッカー選手で在る前に一人間であれ。
何の為に在るのかを重々考えて、謙虚さと感謝の念を忘れずに精進して欲しいです。
彼等のことを通して、我が身に置き換えて大事なことを振り返る機会となりました。




