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Posted by みやchan運営事務局 at

2009年11月28日

見えない所のチカラ


11月もあと僅か。
師走が目の前です。
薄曇りの間に晴れ間が覗く空模様でしたが、今日も穏やかな天気でした。
風の冷たさをやや感じるようにもありましたが、ストーブに火をつけることない陽気でした。



ここ数日で思うことがあります。
人がその人らしく在るためには…。


形や成果物は、いろんな価値を周りから受けます。ついて回ります。
そこに意味を持たせ、誘導的に物事が進められることがほとんどではないかと思います。
それはそれである時、ある場面では必要なことです。


しかし、何より、本人が如何に心が落ち着き満ち足りているか、が大事ではないかと思います。
表に現れない地下の根の動きを想像して、如何に待てるか、その動きを想像し楽しめるか、一緒にいる人も味わえるか。


サポートをする人の働き掛けに全く反応を示そうとしなかった女性が、ある日突然土粘土を丸めだし、つまようじで目と鼻と口をパッパッと書き入れてお願いするポーズの人形を作り上げた。

それまでに掛かった歳月は2年。

その2年の間彼女の自然な流れを保証し、寄り添って来られたサポートの方々に感銘を受けます。
以来、数限りないお願いの人形は生まれています。

唯、表現の結果にどれだけ彼女が執着しているか、それは聞き及んでいませんが、価値を着けるのは周りのこと。
彼女にとって必要な根を張り栄養を吸収する時間がしっかりあったことがなにより大きなことです。



容易ではない日常の連続ですが、幹を支える地下の動きを大事に思い、土壌を豊かにできるよう、行ったりきたりになりますが、意識において自然とできるようになりたいです。




  

Posted by いこいこ at 22:54Comments(2)日常より

2009年11月23日

生きるって

 
11月も下旬に差し掛かりました。

ずいぶんと間が空きました。



その間は、いろんなこころの動きがありました。
明確に、伝えられない気持ちが在ることが分りながらずるずると来てしまい、それを止めることなく来ている自分を厳しく奮い立たせることもなく。



柔軟さが少なくなったのか、意固地にも思えるところもある。
しかし、唯、単なる意固地なのか。


近頃になって自分の中で価値観のぶつかり合いが起きているのを感じ続けています。
どっちがどういいというものではなく、おそらくその2つの境界線にいる自分は、その真ん中をうまく歩めることが必要なのではないかとおもいます。
中庸なのでしょうが。難しいことですが、時間を掛けてでもやらなければなりません。


最近、努めて見る番組があります。


11月22日で最終回となった 天地人と日曜劇場の「JIN」です。
どちらも見過ごすこともあるので、ネットなどでなるべく見るようにしています。

11月8日の天地人で心に残った言葉が、2シーンでありました。

■兼続が毛利輝元に向けて
「 毛利様、何卒お心を強くお持ちくださいませ。 生きていればつらいことも、ままならぬこともございます。 されど、それらすべてに慈愛の一念を持って対することこそが、人としてのあるべき姿と存じ上げまする。さすれば、いつの日かきっと、天は良き酬いをくださいましょう。 」

■仙桃院が臨終の床で息子である上杉藩主の景勝に向けて
「 引け目に思うことはなにもない。」
「 そなたは、そなたの儀を貫き通せばそれでよい。 」



それから、日曜劇場の「JIN」の第一話より
医者の南方仁が江戸時代にタイムスリップして、現代では容易に麻酔を掛けて縫合の手術ができる怪我を麻酔が無いことにうろたえていたところ、患者の幼い息子が懸命におまじないを唱える。
「ちちんぷいぷい ちちんぷいぷい」
必死になって唱える彼を前に南方は、心の中で彼の支えとなる人に向けてかたった。

「 これまで手術を成功させてきたのは、俺の腕じゃ無かったんだよ。今まで誰かがつくって来てくれた薬や技術、設備や知識だったんだ。 そんなものを無くした俺は、痛みの少ない縫い方一つ知らないやぶだった。14年医者をやって来て俺はそんなことも知らなかった。自分はこんなにもちっぽけだとは知らなかったよ。 」




どちらの番組からも生きることの元々を考えさせられます。

何の為に今在るのか。
精一杯に生きることを、したい。
日々、僅かでもそう思い進みたい。
そう、ありたいです。


  

Posted by いこいこ at 22:18Comments(0)生きること

2009年11月05日

何をするにも


日付がかわりましたが、11月4日。
寒気が和らぎ今日も晴天の一日でした。


夜になっては、満月が雲一つない空から気持ちよさそうです。


ジャイアンツは投手が崩れ、ファイターズに並ばれました。
勝っても負けても、フェアプレー精神とファンや支えてくださる方々への気持ちがあるから、また応援をしたくなります。シリーズに入り不振だった小笠原、昨日のインタビューで「皆さんの後押しでうてました。」と。試合を決める一打を放ったキャプテン阿部も同様なことを答えていました。
クライマックスシリーズからチームの和を大事にして一定期間、ドーム近くで全員で寝食をともにしたとも聞きます。
選手個人、チーム全体から放つ明るく元気で、スポーツに敬意をしめした言動には見ていて惹きつけられます。

昨日のナビスコ杯の表彰式で準優勝となった川崎フロンターレの悪態が問題になっています。3年連続で優勝をのがしたことに納得行かずに起こしたことのようでしたが、情けない限りです。掛けられたメダルをすぐに外したり協会関係者との握手をこばんだり、ガムを噛んだまま式典にのぞんだり、壁に寄りかかりすわりこんだりと、まったく個人的な品位を欠く感情の振る舞いに、周囲の人、サッカーを応援する人、一般市民にいたるまで怒り心頭の状況です。

Jリーグ100年構想を同リーグは打ち立てていますが、文化を育て花開くまでの壮大なもので支持をしたいのでしが、肝心要のトップ選手がこんなありさまで早計なければいいですが。
色んな国や地域を越えてサッカーは人と人を繋ぎます。
ワールドカップは地球で最大のスポーツイベントです。
トップでプレーできる選手は夢を与える立場にあります。
思うように動けないように見られがちな人でも、必死に精一杯感謝して好きなことに励んでいる人もいます。

負けは自らの責任で招いたこと、足らぬことは何かを真摯に振り返り、技術と同時に精神性を磨くことに努めるべきです。

芸術家で在る前に一人間であれ。
自分の師匠から以前、よく言われていた言葉を思い出しました。
退任された前楽天の野村克也監督も芸術家を野球選手に置き換えてよく使われていたようです。

サッカー選手で在る前に一人間であれ。
何の為に在るのかを重々考えて、謙虚さと感謝の念を忘れずに精進して欲しいです。

彼等のことを通して、我が身に置き換えて大事なことを振り返る機会となりました。
  

Posted by いこいこ at 00:45Comments(1)日常より

2009年11月02日

一葉



肌寒さを感じる一日でした。
晴天の下、風が時より強く吹くこともあり、冬支度を急がされているようでした。
。明日の朝はもっと冷えるということで、防寒、風邪予防に努めなければなりません。



韓国岳の遭難した小学生が残念な結果になりましたこと、保護者、関係者のご心中をお察し申しあげ、心からご冥福をお祈りいたします。



昼に久しぶりに一ッ葉神社に足を運んでみました。
境内に枝を伸ばす松の枝。
その間から見える青空が、すーっと眼に飛び込んできました。

境内にある松の葉に一葉があることから当神社の名前となったことを、何度か訪れておきながら、今日、初めて知りました。


幾つも重なり合って建立されている鳥居の赤と空の青、松の緑が鮮やかに映し出されていました。



 











夜になり、満月が神々しく照らしています。

          

Posted by いこいこ at 19:48Comments(2)日常より